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法律問題

スポーツ団体ガバナンスコードと女性理事の割合

1 はじめに

スポーツ・インテグリティの確保に向けてスポーツ庁は2019年6月10日、「スポーツ団体ガバナンスコード」を策定しました。これは、上場企業の企業統治について定められたコーポレートガバナンス・コードを参考にしたものです。13の原則から成り、その下により具体的な原則・規範を定めています。

スポーツ団体ガバナンスコード原則2において、

原則2 適切な組織運営を確保するための役員等の体制を整備すべきである。

(1) 組織の役員及び評議員の構成等における多様性の確保を図ること

① 外部理事の目標割合(25%以上)及び女性理事の目標割合(40%以上)を設定

するとともに,その達成に向けた具体的な方策を講じること

② 評議員会を置く NF においては,外部評議員及び女性評議員の目標割合を設定するとともに,その達成に向けた具体的方策を講じること

スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>1420887_1.pdf (mext.go.jp)

 

と規定されていますが、その中でも、本稿では原則2(1)①の「女性理事の目標割合(40%以上)」に着目したいと思います。

 

2 なぜ女性理事の目標割合が40%以上なのか

スポーツ団体ガバナンスコードは、コーポレートガバナンス・コードを参考に策定されたものですが、コーポレートガバナンス・コードを含め、日本では社会のあらゆる分野において「指導的地位に女性が占める割合を30%程度とすること」(以下「30%目標」といいます。)が「第四次男女共同参画基本計画」(平成27年12月閣議決定)において目標として定められました。

スポーツ団体ガバナンスコードでは、これをさらに上回る40%を目標としています。これは日本が2017年に署名した「ブライトン・プラス・ヘルシンキ2014宣言」において、スポーツ組織・団体における意思決定の地位における女性の割合を2020年までに40%に引き上げられるべきとされる指標に基づいたものです。

同宣言における主要な目的は、スポーツ・身体活動のあらゆる側面で女性の十分な参画を可能にし、価値をおくスポーツ文化に発展させていくこととされています[i]

女性理事の目標割合を40%とすることについて、そもそも、数値として一定数以上とすることを求めることの合理性自体に疑問があるとの声もあります。

しかし、スポーツのさらなる発展には、これまで以上に多様性の観点が求められることから、女性の視点や考え方も不可欠となります。意思決定の場に女性がいなければその視点や考え方を反映させることは困難であり、この点からも、女性理事の一定割合の確保が望まれます。

また、例えば、オリンピックの出場選手に占める女子選手の割合が年々上昇しており、今年の東京オリンピックでは過去最高の48.8%となっています。I-特-2図 オリンピック出場選手に占める女子選手の割合(世界と日本) | 内閣府男女共同参画局 (gender.go.jp)

 

 

さらに、プロ野球・Jリーグ・Bリーグ・大相撲といった競技者が男性のみのメジャースポーツでも、ファンの40~50%は女性という統計もあります。

このように、スポーツを「する」・「みる」という点からスポーツに関わる女性の割合を見た場合に40%を超えているということに照らせば、スポーツを「支える」役割を果たす女性理事の割合も40%以上を求めることに一定の合理性があるともいえそうです。

次項では、少し視点を変えて、日本の一般企業の現状にも触れて見たいと思います。

3 日本の企業の現状

前述のとおり、日本のコーポレートガバナンス・コードでは、女性の役員を30%以上とするという原則が定められています。日本の人口は,女性の方がやや多く(2021年7月の統計で(概算値)で約340万人女性の方が多い)、生産年齢人口(15歳〜64歳)ではやや男性の方が多くなっています(同じ統計で約90万人男性の方が多い)。

一方で、就労人口別で見てみると、15歳〜64歳の範囲では男性が約500万人多く、65歳以上の就労者も含めても男性が約700万人多いというのが現状です。

これらの現状からすると、コーポレートガバナンス・コードが女性役員の割合を30%としたこともうなずけますが、日本の企業の現状としては、スポーツ界と同様かそれ以上に女性の役員への就任割合が低くなっています。

具体的には、日本の上場企業における女性役員の割合は、2012年から比べると2020年7月時点で約4倍もの数になっているものの(図1)、全体の割合にしてみればそれでも6.2%であり、30%目標には程遠いと言わざるを得ません。日本における女性役員の割合は諸外国と比しても著しく低く、日本における女性の社会進出の遅れが如実に表れています(図2)。

(図1 参照:女性役員情報サイト | 内閣府男女共同参画局 (gender.go.jp)

 

(図2 参照:女性役員情報サイト | 内閣府男女共同参画局 (gender.go.jp)

 

4 スポーツ界の現状

スポーツ団体では、これまで理事などの意思決定を担う地位の大多数を男性によって占められてきたという経緯があります。

その原因の一つには、理事の構成の仕方に問題があると考えられます。すなわち、多くのスポーツ団体においては、理事(特に常勤理事)が各都道府県の連盟等の長によって構成されているという実情があるところ、まずこれらの長に女性が就くことがほとんどないという現状があります。また、組織の長とまではいかずとも、幹部クラスへの女性の登用が未だ進んでいない現状もあり、女性の社会進出の問題とも絡む深刻な課題が山積しているといえます。

そのような影響もあり、平成30年度(2018年)のスポーツ庁による調査によると、スポーツの中央競技団体(National Federation;以下「NF」といいます。)における女性理事の割合は平均15%程度にとどまっていました[ii]

ところが、2021年の6月末までに役員改選期を迎えた競技団体(26団体)の改選後の理事の構成を見ると、理事会に占める女性割合が40%に達した日本オリンピック委員会(JOC)や日本ラグビー協会を筆頭に平均25%を超えました[iii]

また、この中には女性役員が一人も存在しない団体も一定数ありますが、その数も、笹川スポーツ財団によるNFの現況調査(2018年度)によると(分析対象としている団体が異なるため、単純比較することはできませんが)、2010年度には44.3%の団体でこれに該当していたのが、2018年度においては11.1%となっており、確実に減少傾向にあるといえます[iv]

このように、徐々にではありますが、スポーツ団体における女性理事の割合は確実に増加傾向にあるといえ、スポーツ団体ガバナンスコードの策定をきっかけにそれが加速していると考えられます。

 

5 これからのスポーツ界に求められるもの

(1)女性理事の増加を妨げる要因

以上のように、徐々にではあるものの、スポーツ界にとって女性理事の割合は増加傾向にあり、以前のような男性偏重の状況は一定程度改善されつつあります。

しかし、まだまだ目標とする割合には遠く、十分ではありません。特に、一定程度女性理事の割合を増加させているとしても、40%というスポーツ団体ガバナンスコードが掲げる数値までは到達することができていない団体が多いです。

このようになかなか40%という数値を達成できない原因として、社会全体に共通する課題とスポーツ界特有の問題があると考えられます。

(2)社会的課題

先述のとおり、スポーツ団体に限らず、そもそもわが国における女性の社会進出の遅れは諸外国と比較しても一目瞭然です。日本では、未だに結婚して女性が家庭に入るという感覚は根強く、また、そうせざるを得ない状況になることも少なくないため、いわゆる働き盛りの世代と子育て世代が重なるために、特に女性が仕事か家庭のどちらかを選択せざるを得ない状況にあります。このような社会的な課題は、スポーツ界での人材登用にも当然影響しており、女性理事の割合増加を阻むハードルとなっていると考えられます。

この点についての改善策の一つとして、仕事か家庭かという択一的なものとせず、家事や育児のアウトソーシングを身近なものとすることを促進するなどが考えられます。

また、2020年の新型コロナウイルスの影響により急激に広まったテレワークやWeb会議などをスポーツ団体も積極的に活用することで、子育て等をしている女性も理事会などに参加しやすいようにするという方策も有効であると考えられます。また、授乳室や託児所を備えることも有効な策であると考えられます。

(3)スポーツ界における課題

スポーツ界においては、そのスポーツの経験者(メダリスト等)がNFの組織構成においても重用されるという特徴があります。その結果、男性の競技人口が圧倒的に多いスポーツにおいては、そもそも女性の競技経験者が少なく、女性の登用が進みにくくなります。

確かに、一定程度当該NFの内情をよく理解している理事が必要であることもまた事実であり、そのためにはやはり当該スポーツの経験者を含む内部の人間が理事になる必要性も認められます。

しかし、理事会とは、当該NFの業務執行の決定等を行う機関であり、その構成員たる理事には、当該スポーツの内情をよく理解していることと同等かそれ以上に、組織のマネジメント能力等が求められるのであり、その観点から見れば必ずしも競技経験者である必要はなく、むしろ一定数以上はそのような能力等に長けた外部の人材を登用する方が、NFの組織としての機能性は向上すると考えられます。実際に、2021年の6月末までに役員改選期を迎えたNFの中には、会計士等の当該スポーツ経験者ではなく経営やマネジメント能力に長けた人材を登用する例も見られます。

このように、理事会及び理事に求められる役割という観点から理事の人選を行えば、必然的に対象となる範囲が広がり、その結果、女性の競技経験者が少ないスポーツにおいても積極的に女性理事を登用することが可能になります。

また、多くのNFでは、理事会の前にある常任理事会によってほぼ意思決定が形成されるという実情があります。常任理事会に出席する理事は常勤の理事のみであり、非常勤の理事はこれに出席しません。そうすると、非常勤の女性理事がどれだけ増えたとしても、本当の意味で意思決定に関与できているとは言い難いため、常勤の女性理事を積極的に登用していく必要があります。

先述のとおり、多くのNFの現状では、常勤の理事となるには、まず各都道府県の連盟の長になるというステップが必要になり、そのポストに女性が就任することができていないという問題があります。

この点については、先述の理事会の役割という観点から、そもそもそのステップを必要とせずに、多様な方面から常勤理事を構成するという改善策もあります。

また、それだけではなく、先述のように、一定程度各NFの内情をよく理解している理事が必要であることもまた事実であるということを考えれば、各NF内部で多様な人材を確保し、または、そのような人材を各NF内部で育成するという方策も考えられます。これにはもちろん女性のキャリアパスの充実も含まれます。

このように、理事会の役割という観点から人選の基準を捉え直すこと、及び、現場レベルで活躍できる女性を各NF内部で育成することは、将来的にトップないしはそれに近い地位に就く女性を増やすことに繋がるといえます。

(4)おわりに

環境さえ許せば仕事がしたい、社会に貢献したいと考えている女性は少なくないはずです。そういった女性たちが然るべく社会と関わることができるよう、流れとしてはどんどん女性を登用していく方向に向いているように見える今こそ、まずは数字上の目標達成に向けてスポーツ界が一丸となっていくことが求められます。

そのため、スポーツ庁においても、女性スポーツの促進方策を掲げ、様々な取り組みを行っています。その取り組みの柱として、

・世代ごとのスポーツ実施率の向上

・団体の女性役員の増加

・女性指導者の育成

をおき、これらが相互に連動していくことが期待されています。

また、「女性スポーツ推進事業」として、スポーツ団体における女性役員の育成事業も行われており、スポーツ庁も女性理事増加に向けて具体的に策を講じているところです。

女性理事の割合を40%以上とする具体的数値については依然議論の余地はありますが、それでも女性理事、できれば常勤の女性理事を今よりも増加するということ自体は強く望まれるところです。

さらに踏み込んで言及するならば、現代社会においてLGBTQの存在なくして語ることはできず、もはや男性・女性という区別だけではなく、あらゆる性自認の方々がいることを前提として意思決定をする必要があります。これはスポーツ界においても例外ではなく、特にスポーツは男女で競技が分かれているものがほとんどであるため、今後の在り方についてはより一層議論を深めていく必要があります。

このような発展的課題も、多様性を実現するという点から求められるもので、女性理事の一定割合確保が求められる理由と共通するのであり、そのような発展的課題の解決のためにも、まずは、女性理事の割合増加という目標を達成し、意思決定を担うのが男性ばかりという現状を変えていく必要があります。

スポーツ団体ガバナンスコードが掲げる女性理事40%以上という目標達成を通して、スポーツ界が多様な視点や考え方を取り入れた素晴らしい業界となるよう、我々としてもサポートしていきたいと考えています。

 

[i] ブライトン・プラス・ヘルシンキ宣言2014日本語版:女性スポーツ研究センターabm.php (juntendo.ac.jp)

[ii] 資料1 平成30 年度中央競技団体の組織運営の現状に関する実態調査の結果について (mext.go.jp)

[iii] 日本経済新聞夕刊(2021年6月26日)

[iv] 中央競技団体現況調査 (ssf.or.jp)

 

 

※この記事は2021年9月に執筆したものです。

(執筆:佐竹春香)

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