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法律問題

日本バスケットボール界におけるエージェントの課題と改善策

第1 はじめに

公益財団法人日本バスケットボール協会(以下、「JBA」といいます。)では、エージェント制度に関し、「JBA選手エージェント規則」を設けており、JBAのホームページに公開されています[1]。エージェントとは、選手、コーチ、チーム(以下、併せて「選手等」といいます)の移籍の実現、または支援を請け負う者のことです[2]。エージェントは、選手側にも、チーム側にも、付くことができます[3]

現行のJBA選手エージェント規則では、

「当該移籍が国際移籍の場合、エージェントは、FIBA[4]発効の有効なライセンスを所持していなければならない。[5]

「当該移籍が国際移籍の場合、加盟チームが利用するエージェントは、FIBA 発効の有効なライセンスを所持していなければならず、また加盟チームは FIBA ライセンスを有していないエージェントを利用する選手と交渉してはならない。[6]

として、国際移籍を取り扱うエージェントについてはFIBAの発行するライセンスを有していなければならないと定められています。他方、国内移籍のみを取り扱う場合にはエージェントには何ら規制がなく、登録すら必要がありません。

そのため、Bリーグの国内移籍においては、選手・クラブとエージェントとの間でトラブルが生じる事例も多く、そのようなトラブルを防止しづらくなっているという現状があります。

そこで、本稿では、まず、Bリーグで実際に起きているエージェント活動に関連して生じたトラブルをご紹介し、現状を改善する必要性を指摘した上で、現状への改善策として、Bリーグにおいて導入すべきと思われる規制の内容を検討し、さらに、選手への教育・研修の必要性を提案します。本稿が、エージェントの活動の適正化、及び日本バスケットボール界関係者の権利利益の保護、ひいては日本バスケットボール界の発展に少しでも寄与できれば幸いです。

 

第2 現行制度において生じているトラブルの例

以下に記載した事例は、トラブルのほんの一握りと言われています。

① 契約書に関するトラブル

エージェントが選手から次シーズンにプレーするチームを探す依頼を受けて活動していましたが、選手とエージェントの間の契約書を作成していませんでした。その後、エージェントは、依頼を受けた選手がプレーするチームを見つけられなかったものの、契約書を作成していなかったことを理由に契約関係がないと主張し、チーム探しを止めてしまったとのことです。

エージェント契約を書面で作成していなかったことがトラブルの原因であり、契約を口頭で済まさず、契約書を作成することを義務付ける制度作りが必要です。

② 外国人選手特有のトラブル

エージェントが、帰化希望のない外国人選手を法務局に連れて行き、帰化申請を行った事例があります。また、逆に、外国人選手に帰化希望はあるケースで、通常、帰化のためには3年間の就労実態が必要であるにもかかわらず、自分と契約すれば3年未満の就労実態(Bリーグでのプレー)で帰化ができると勧誘した事例もあります。

さらに、当該選手が、チームではなく個人で所得税の申告をしなければならない「居住者」に該当するケースであるにもかかわらず、エージェントが当該選手に対し、チームが選手の所得税の源泉徴収をする「非居住者」に該当するため個人での税申告が不要であると誤った説明をしたため、当該選手が税申告をしないまま帰国してしまった事例もあります[7]

帰化や短期間の国内滞在の場合の税務処理などは外国人に特有の問題であるため、エージェント自身それらの知識を十分備えている必要があります。しかし、現状では上記のように誤った説明がなされ、外国人選手の権利などに大きな影響を及ぼしているケースがあり、これらの点についてのフォローも必要と考えられます。

③ エージェントの勧誘方法に関するトラブル

エージェントが、自分と契約すれば、前年度の年俸額から考えれば到底得られるはずのない高額な年俸でチームとの契約を締結できると具体的金額を示して選手を勧誘し、エージェント契約を締結した事例があります。

かかる虚偽の説明に基づく契約は民法上の錯誤や詐欺に当たるとして、契約を取り消すことができる可能性があります。

このような事例については、エージェントに対して、適切な勧誘方法を行うよう求める規則が必要であり、他方で、選手に対しても、実現可能性に乏しい勧誘に乗らないように注意喚起を行い、法的リテラシーを備える研修を行う必要があります。

④ エージェントから法的根拠のない金銭請求を受けるというトラブル

選手がエージェントとの契約を解除しようとしたところ、エージェントから契約上何ら請求の根拠のない「契約解約手数料」として高額な金銭の支払いを請求された事例があります。

この事例では、幸い、選手側が、支払義務のないことを主張し、支払いはせずに契約解除に至りました。しかし、そのような知識が不足している選手やエージェントが言葉巧みに話すため選手が誤解してしまった場合などには、支払いに応じてしまうおそれもあり、被害防止のためには選手への研修等が必要であると考えられます。

⑤ 期間内解約に伴う違約金に関するトラブル

エージェントと複数年契約を結んでいる場合に、選手がエージェント契約を契約期間の途中で早期解約しようとしたときに、違約金が発生しトラブルになることがあります。このような違約金に関するトラブルは、特に、プロになってすぐの選手など若い選手に多く発生しています。

契約上、契約期間内での解約の場合に違約金が生じる旨を定めることは可能であり、当該契約が有効に成立していれば、エージェントが違約金を請求すること自体は問題がありません。

したがって、上記のようなトラブルについては、選手側が、エージェントと契約を締結するときに期間内解約の場合に違約金が発生することをわかった上で契約できていたか、すなわち、契約書を細部まで読むことなく報酬額等だけを見て契約してはいないかということが問われることと思います。この点については、後述するように選手にとっては自身のキャリアに関わるものであるということを強く意識させ、研修等でフォローしていく必要があると思います。

 

第3 エージェントに対する規制の必要性

1 はじめに

現在のBリーグにおいてエージェントとの間で生じているトラブル例を上記で紹介しましたが、これらのうち、いくつかは国内移籍に関するエージェント活動に対する規制を設けることで防止することも可能です。そこで、次に現在のBリーグにおいて国内移籍のエージェント活動に対して規制を設ける場合に、どのような規制が必要となるかを検討していきます。

2 エージェントとして業務を開始する際の入口規制

まず初めに、エージェントに対し、エージェントとして業務を開始する際の入口を規制することが挙げられます。この点、大別すると、いわゆる許可制と登録制の2種類の制度が考えられます。

(1)許可制とは

JBAが課した試験に合格した者や、一定の要件をみたした者に対してのみ、エージェントとして活動することを許可する方法が考えられます(以下、この制度を「許可制」といいます。)。

この方法は、国際サッカー連盟(FIFA)及び日本サッカー協会(JFA)が、2015年3月末日まで採用していた制度で、日本のサッカー界では「ライセンス制度」と言われていました[8]

許可制によれば、エージェントの能力は担保され、選手等が能力の高いエージェントのサポートを受けることが期待できます。

また、許可制を採用している場合、ライセンスを保有するエージェントの能力の維持のため、定期的に講習を受講する義務が課されることが多いです[9]

(2)登録制とは

JBAが、エージェント業務を行おうとする者に対して、JBA公認エージェントとしての登録を義務付けるものの、登録申請を行った者には、原則として全員に登録を認めることとする方法が考えられます(以下、この制度を「登録制」といいます。)。要件や試験などがなく、申請をすればエージェント業務を行うことができるという点で許可制とは異なります。

この方法は、国際サッカー連盟(FIFA)及び日本サッカー協会(JFA)が2015年3月に許可制を廃止した後現在まで採用している制度で、「仲介人制度」と呼ばれています。

登録制の場合には、基本的に誰でもエージェントになることができますので、法律や制度への知識を十分に有していなくても、エージェントとして業務を行うことができます。

なお、登録制を採用している日本サッカー協会の「仲介人に関する規則」では、許可制のような講習の受講義務が課されておりません。もっとも、登録制においても、講習の受講義務を課すことは可能です。

(3)サッカー界によるエージェント制度の変遷

許可制と登録制の比較をするには、サッカー界が入口規制をどのように採用しているかが参考になります。

ア 2015年3月末日までの制度

FIFA公認代理人のライセンス取得には、以下の①及び②のような幅広い知識が求められる厳しい試験に合格する必要があり、FIFAのライセンス取得試験の合格率は年間8%~15%程度と言われていました。

① 現行のサッカー規則、特に移籍に関する知識(FIFA、コンフェデレーション、受験者の国の協会の規約と規則)

② 民法(人格権の基本原則)と義務法(契約法)の知識

イ 2015年に許可制から登録制に変更になった経緯

前述のとおり、FIFAは2015年3月末日をもって許可制であるライセンス制度を廃止し、登録制である仲介人制度を導入しました。その理由は、以下のとおりと言われています。

すなわち、ライセンス取得の要件が厳格であったために、制度導入前からエージェントとして業務を行っていた者が、資格を取得することができなかったにもかかわらず、無資格のまま移籍交渉や契約更改交渉に関与していました。このような無資格で活動するエージェントが横行するようになり、FIFA等の機関が無資格で活動するエージェントの動向を把握できなくなり、また、把握できたとしても、無資格のエージェントはFIFAの管理下にはないため処分をすることもできませんでした。

このような問題から、FIFAは、エージェント活動を行う全ての者を把握し規制できるように、エージェントとしての業務を開始する際の入口規制について、ウで紹介する内容の登録制に変更したのです。

ウ サッカー界が現在採用している制度

現在、FIFA及びJFAは、無資格エージェントが選手等に関与しないようにするため、能力等を問わず申請をした者はエージェントになることができる登録制である仲介人制度を採用し、選手等が依頼するエージェントをリスト化してエージェントの活動内容を把握するようにしています。また、JFAでは、Jリーグの各チームに対し、クラブライセンス制度により年次決算資料の報告を義務付けていますが、その中で仲介人に支払われた報酬についても明示することとされていますので、理論上、チームが決算報告書に虚偽の記載をしない限り、無資格エージェントの関与を防止できる仕組みになっています。

エ 許可制への再変更の動き

ところが、2019年9月25日、FIFAが、許可制であるライセンス制度から登録制である仲介人制度に規制緩和したことは間違いであったとして、再び許可制であるライセンス制度に制度変更する方針であると公表し[10]、これに関して広く報道がなされました[11]。その理由は、「to raise professional」、すなわち、エージェントの専門性を高め、質を向上させる点にあるとのことです[12]

もっとも、FIFAは、現時点では登録制である仲介人制度を継続しています。

(4)各制度のメリットとデメリット

以上のサッカー界の制度変遷の経緯から、許可制と登録制のメリットとデメリットが浮かび上がってきます。

許可制を採用する場合には、エージェントの質を確保しやすいですが、無資格でエージェント業務を行う者が多く生じかねないことになります。他方、登録制を採用する場合には、全てのエージェント業務を行う者を把握することができる可能性が高くなりますが、エージェントの質を担保しづらくなります。

制度名(サッカー界での通称) メリット デメリット
許可制(ライセンス制度) 質を確保しやすい 無資格者の発生
登録制(仲介人制度) 全エージェントを管理しやすくなる 質の確保が困難

したがって、許可制を採用する場合には、選手等が無資格エージェントを利用して契約を締結しないよう取り締まることが重要となり、登録制を採用する場合には、研修制度等を充実させると共に、登録エージェントに対し誓約書の提出を義務付けたり、不適切な行為を行ったエージェントに対する懲戒制度を設ける等により、エージェントの質を向上させることが重要となります。

(5)海外のバスケットボール界で採用されている制度

以下のとおり、海外のバスケットボール界では、許可制が採用されています。参考になると思いますので、許可基準とともに簡単にご紹介します。

ア FIBA代理人規則

FIBAが制定している「FIBA Internal Regulations BOOK3 Players and Officials」の「Chapter9 Players’ Agent」(以下、「FIBA代理人規則」といいます。)では、選手等の国際移籍を取り扱うエージェントについて、許可制が採用されています。FIBA選手代理人規則では、公認エージェントとなるためには筆記試験と面接の両方が課され、以下の①及び②の観点から審査を受けることになっています[13]

① バスケットボールの規程(FIBAの総則と内規、ゾーン、および代理人候補者が居住している国内連盟の規程)について十分な知識を持っていること。

② 一般的に、代理人候補者のサービスを必要とする選手やチームにアドバイスを提供する能力と適性があると思われること。

イ NBA代理人規則

NBAでは、NBAの選手会であるNBPA が制定している「NBP AREGULATIONS GOVERNING PLAYER AGENTS」(以下、「NBA代理人規則」)により、エージェントに対する規制がなされており[14]、FIBAと同様に、許可制が採用されています。

NBPA認定エージェントとして認定を受けるためには、以下のa及びbの要件があり、筆記試験対策のための準備コースを、NBPAが提供しています[15]。試験では、連邦労働関係法の基本的な知識、NBA代理人規則、およびその他の関連事項を中心に出題されます。

a. 認定された4年制大学で学位を取得していること

b. NBPAが実施する筆記試験に合格すること

(6)小括

以上のように、エージェントとして業務を開始する際の入口規制については、大きく分けて許可制及び登録制の2つがありますが、(4)で述べたとおり、そのいずれにもメリット・デメリットがあり、どちらかを選べばすべての問題が解決するというものではありません。

したがって、Bリーグにおいてエージェントの入口規制を設ける場合には、それらの制度のデメリットを理解したうえで、他に規制等を設けるなどして(たとえば、許可制を採用したとしても、資格を有している者や支払った報酬額等を公表し、無資格者が関与できない仕組みにすることなど)対応すること必要になってきます。

 3 エージェントに対して設けるべき規制例

(1)参照する規則

上記のように、入口規制で許可制、登録制いずれの制度を採用したとしても、個別の規則等により問題に対応することが必要となります。

そこで、以下では、FIBA代理人規則、NBA代理人規則及び日本サッカー協会(JFA)が制定している「仲介人に関する規則」(以下、これらの規則を併せて「各代理人規則」といいます。)を参照し、日本のバスケットボール界において具体的に導入すべきエージェント規制を検討します。

もっとも、全ての規制を検討することはできませんので、重要・必要であると思われるものに絞って、順に検討します。

(2)契約の書面化

各代理人規則において、エージェントと選手等との間の業務委託契約並びに選手の移籍及び契約更改の際の選手契約については、必ず書面による契約を締結することとされています。上記第2で紹介した①のトラブルは、契約における書面作成を義務付けることで防止することができます。

(3)エージェントが関与した個別取引をJBAに報告する義務

仲介人に関する規則では、選手等に対し、仲介人が個別の取引に関与する毎に、JFAに対し、選手等が仲介人との間で締結した仲介人契約書及び締結された選手契約書を提出する義務を設けています[16]。NBA代理人規則にも、同様の規定があります[17]。FIBA代理人規則ではかかる規定は設けられておりません。

選手の移籍及び契約更改において、契約書をリーグ側に送信することが、契約成立の有効要件となっている例もあり、移籍マーケットの期限内に、契約書の送信が完了しなかったために移籍契約が無効になったことがニュースに取り上げられることがあります。

かかる規制は、エージェントによる代理行為が適法に行われているかをJBAが確認する最も効果的な手段であると考えられます。

(4)公認エージェントの公表等

FIBA代理人規則312では、公認代理人とその顧客である選手又はチームのリストを公表することとされています。仲介人に関する規則第8条4項では、さらに一歩進んで、毎年5月に、1年間に代理人が関与した個別取引の選手及び仲介人の名前を公表し、加えて、選手及びチームが仲介人に実際に支払った報酬の合計額のチーム毎の総額を公表しています。

公認エージェントの氏名は、選手が公認エージェントを選択する際や交渉の相手方となったクラブ側にとっても必要な情報となることから、公表を行うことで無資格エージェントによる水面下の関与を防止する効果があると考えられます。

したがって、もし、入口規制について許可制を採用する場合には、かかる制度は必須になると思われます。

(5)報酬額の規制

エージェントに支払われるべき報酬額に関する規制は、以下のとおりとなっています。

比較をしてみると、バスケットボール界では、報酬額に関する規制があまり導入されていませんが、報酬額の適正化や、トラブル防止のためにも、仲介人に関する規則で設けられている程度の報酬額の規制は必要であると思われます。

契約内容 仲介人に関する規則[18] FIBA代理人規則 NBA代理人規則[19]
選手契約(選手側) 基本報酬総額3% 制限規定なし ボーナス込の2~4%
移籍交渉(選手側) 移籍補償金3% 制限規定なし 制限規定なし
選手契約(チーム側) 基本報酬総額3% 制限規定なし  
移籍交渉(チーム側) 報酬なし 制限規定なし  

(6)違反に対する罰則

規約違反に対する罰則規定を設けることは、規約の実効性を確保するために必要です。各代理人規則における罰則は、以下の表のとおりとなっています。

日本バスケットボール界においても、エージェントに対する規制を設けるに当たっては、各代理人規則のように、設けられた規制に違反したエージェント及び未登録又は非公認のエージェントを利用した選手に対して、戒告、譴責、罰金等の罰則を設ける必要があるでしょう。

この点について、エージェントに対する規制は、選手の利益を保護するために導入をするものであるにもかかわらず、選手に対して罰則を設けるのは、選手に過度の負担を強いるのではないかと疑問に思われる方がいるかもしれません。

しかし、たとえば、許可制を採用したとして仮に無資格のエージェントがエージェント業務を行った場合、当該エージェントはそもそもJBAにエージェントとして登録されていませんので、JBAが罰則を科すことができません。そのため、無資格エージェントを防止するには、これを利用する選手に対して罰則を科して無資格エージェントを利用した責任を負わせることで、選手側に無資格エージェントに委任しないよう動機付けて、無資格エージェントが参入できないようにすることが必要になります。

その他にも、そもそもBリーグでのエージェント利用について規制が設けられているのであれば、エージェントを利用する選手としては、それらの規制を遵守することは当然の責務であり、それに違反した場合に罰則を科されることも当然の責務といえます。

懲戒対象者 仲介人に関する規則 FIBA代理人規則 NBA代理人規則
選手 戒告、譴責、罰金、社会奉仕活動、没収、賞の返還、公式試合の出場停止、除名等 戒告、譴責、罰金、海外移籍の禁止等 (選手には罰則がなく、チームに対しリストの確認を怠ったときに5万ドルの罰金)
エージェント 戒告、譴責、罰金、没収、公的業務の停止、サッカー関連活動の停止・禁止、除名等 戒告、譴責、罰金、ライセンス取下げ等 戒告、譴責、10万ドル以下の罰金、プレーヤーへの返還、資格停止、認証取消等

(7)研修制度の整備

上記第3・2(4)で前述したとおり、特に登録制を採用する際には、エージェントに対する研修制度を整備するべきです。

選手にとって移籍先を決定することは自身のキャリアにとって非常に重大なことです。エージェントも、そのような選手のキャリア形成にとって重大な部分を担っていることを自覚し、選手に不利益を及ぼさないためにも、各種法令等の基本的な知識は備えておく必要があります。

そのため、知識や能力に乏しい者がエージェントとして活動して選手等の利益が害されることのないよう、エージェントに対する研修制度の導入は必須であると言えるでしょう。

(8)その他禁止事項

他にも、選手と代理人の兼任禁止、特定の仲介人と仲介人契約することを選手契約締結又は移籍合意の条件とすることの禁止及び利益相反の禁止等、各代理人規則を参考に規制を行うべき行為は多岐に亘ります。本稿では割愛しますが、規制導入の際は、各代理人規則を比較検討することで、より良い規制を設けることができるでしょう。

4 小括

いずれにしろ、国内移籍や契約更改におけるエージェント業務に規制を設けなければ、能力や知識に乏しい代理人によるエージェント行為により選手等が被害を受けている現状を改善することができません。

そのため、JBAには、速やかに、エージェントを管理する体制を整備し、規制を導入するよう検討してもらいたいところです。それが、Bリーグの選手等を保護することとなり、ひいては、日本バスケットボール界の発展に繋がると思います。

また、現状の一因として、エージェント業務を行っている者の数が少なく、選手等が安全なエージェントを選択する選択肢が限られていることも挙げられると思います。エージェント業務をできる人材を増やすことにより、選手等の選択肢を増やせるような努力をしていくべきだと思います。

 

第4 選手への教育・研修について

1 教育・研修の必要性

上記第2で紹介した①、③、⑤のようなケースでは、そもそも、契約に対する選手の意識や知識が不足しているという点にも大きな問題があると言えるでしょう。④のケースは、選手側が法的な反論をできたことから、被害を免れたものと言えますが、逆に言うと選手側がそのような知識等を有しているかどうかがトラブル回避において重要な要素となっているということを意味します。

それゆえ、このようなエージェントとのトラブルを避けるためには、第3で検討してきたような規制を設けるだけでなく、契約当事者である選手に対し教育や研修を行う必要性が高いと思います。選手たちは、自分たちが当事者となって締結するエージェント契約や選手契約について、きちんと内容を把握し、これまでにどのようなトラブルがあったのか、トラブルがあったときにはどのように対処すれば良いのかということをきちんと理解しておく必要があるでしょう。

これらの契約を締結する場面(自身の所属クラブを決定する場面や、その前段階としてクラブと交渉してくれるエージェントを決定する場面など)は、選手たちがバスケットボール選手としてのキャリアを歩むための極めて重要な局面です。そのような局面で、選手たちが、自分自身で適切な判断を行うために、選手自身がそのような知識を自主的に習得することが重要ですが、その機会を確保するためにリーグやチームが選手たちに対して教育・研修を行うことも非常に重要です。

「第3」まではエージェントとの間のトラブル、エージェントに対する規制について見てきましたが、キャリア形成も含めたより広い視点で教育や研修を行うことで、選手たちに契約締結という場面がプロとしてのキャリアを自律的に選択することを意味することを自覚させ、契約にまつわるトラブルを防止できるとともに、選手たちが、様々な局面で自らのキャリアについて責任を持った行動を取ることにも繋がると思います。

それでは、プロバスケットボール選手になろうとする(又はすでになっている)選手たちに対して、具体的にどのような教育が提供されるべきでしょうか。

2 選手たちが直面する課題

(1)「契約」に対する意識の甘さ

選手の中には、エージェントとの契約について内容をきちんと確認することなくサインしてしまったり、そもそも契約書などを作成せずに口頭だけでエージェント業務を依頼するケースもあります。また、チームとの間の選手契約について、自分では内容を確認せずにエージェント任せにしたり、エージェントの言うままの条件で承諾したりすることもあるでしょう。

そのようなケースでは、往々にして後日トラブルが発生します。そのようなことがないように、まず、選手たちには「契約」というものがどういうものなのかをきちんと理解してもらう必要があります。エージェント契約やチームから提示された選手契約にサインをするということが法的にどのような意味を持つのか、契約を締結するということはどういうことなのかということを伝える必要があると感じています。

(2)キャリアについて考える機会の少なさ

また、先ほど述べたように、選手が契約を締結するということは、選手が自分のキャリアを選択するということでもあります。選手自身に、エージェント契約及び選手契約を締結することが、自身のキャリアの一部であると捉えてもらうためにも、選手自身が主体的に自らのキャリアについて考える機会を設けることも重要だと思います。

(3)相談先が少ないこと

選手たちが契約の内容について疑問を持ったとしても、それを相談する先がなければ、エージェントの言うままに契約してしまう例もあると思います。そのようなケースが生じないように、私たち弁護士が相談窓口になれるような制度設計が必要なのではないかと思います。

制度の設計まではいかずとも、選手たちが気軽に弁護士に相談できるように、選手たちに対する弁護士の認知度を高める、選手とのネットワークを構築するなどの努力が私たちにも求められていると思います。

また、選手たちが、キャリアのことについてこれまで考える機会やきっかけがなかったとしたならば、そういったことを相談する相手もいないことが予想されます。

3 具体的な教育の内容

(1)キャリアについて主体的に考える

まずは、選手自身が、自らのキャリアについて主体的に考え、決定していかなければなりません。選手としてどのチームとどのような契約を締結するかは、バスケットボール選手として極めて重要な選択であるにもかかわらず、エージェント任せにしてしまったり、内容をよく確認せずに契約してしまったりしないように、自らのキャリアの選択に責任を持てるようになってもらう必要があります。

自らがサインをする契約書(それが選手としての契約であっても、選手以外の契約(例えば、家を購入する際の売買契約や生命保険への加入)であっても同様です)が、自分たちのキャリアにおいてどのような意味を持つのかをよく考え、その上でその契約書にサインするか否かを自分自身で考え、決断できるように、自分たちのキャリアを主体的に考える癖を身につけられるような研修が必要になってくるでしょう。

(2)自分たちの置かれている環境について理解する

「第2」で述べたようなトラブル事例を選手たちに説明し、自分たちの身に起こりうるトラブルや法的なリスクについてよく理解してもらう必要があります。

また、上記「第4・2・⑴」で述べたことは、選手としての契約だけでなく、社会人として活動していく上で避けては通れないものです。選手としての契約も、社会生活の中の一部であるということを理解し、社会における常識、ビジネスパーソンとしての素養等を身につける必要があるということを理解する必要があると思います。

(3)契約の持つ意味について理解する

選手たちが、自分たちにとってエージェントとの契約や選手契約がどのようなものであるかを理解し、自ら自律的にキャリアを選択するためにも、契約の意味を理解する必要があります。

(4)トラブルに巻き込まれないように自分で考える力を養う

上記のようなトラブル事例を選手たちに説明し、今後自分たちがどのようなトラブルに巻き込まれる可能性があるかを、自分たちで考える力を養う必要があると思います。

(5)相談できる相手を確保する

契約書を提示されたときに、選手たちが疑問を持ったとしても、それを相談できる先がなければ、エージェントやクラブに有利な内容で契約書にサインをしてしまうかもしれません。選手たちが困ったときに相談できるような仕組みを整えるだけでなく、研修等で選手たちに弁護士に相談することも選択肢の一つとして持ってもらえるような啓発が必要だと思われます。

また、キャリアの選択等について相談できる相手を探すことも重要です。どのような場合に、どのような人に相談するのが適切なのかを考えるきっかけやヒントを与えられると良いでしょう。

(6)トラブルになった際の対処法を知る

(1)~(5)を行っていたとしても、トラブルが生じることはあります。そうなった際に、選手たちが法的な措置をとるなどの対処を行うためにも、トラブルの際の対処法をきちんと知っておく必要があります。

4 小括

以上に述べたような観点から、リーグやチームは選手たちに対して教育・研修を行っていく必要があります。そのような研修で選手たちが少しでも知識や考え方を身につけておけば、これまでのトラブルの多くは回避できた可能性があります。

選手たちが、トラブルを回避するだけでなく、自主的・自律的に自らのキャリアを選択して切り開いていくためにも、こういった研修は必要となってくるのではないでしょうか。

 

第5 おわりに

日本バスケットボール界は、2016年にBリーグが発足し、今後ますます拡大・発展していくことが期待されます。それに伴い、Bリーグにおける選手等の移籍や契約更新が増加し、移籍金や契約金の金額も上昇していくことが予想されます。しかし、現在のような国内移籍におけるエージェント制度が未整備のままでは、契約に関するトラブルの数・規模も増加してしまいかねません。

現状に対する危機感を少しでも多くの方にお持ちいただき、今後、エージェント制度の整備が進み、かつ、選手への教育・研修が浸透することにより、より一層日本バスケットボール界が発展していくことを切に願っております。

[1] http://www.japaNBAsketBall.jp/wp-content/uploads/2014/08/agent.pdf

[2] JBA選手エージェント規則第1条では、国際移籍に対象を限定した規定を設けている。

[3] ただし、1人のエージェントが、1つの選手契約に関し、選手とチームの双方を代理することはできない(JBAエージェント規則第11条⑨)。

[4] Fédération Internationale de BasketBall。国際バスケットボール連盟。

[5] JBA選手エージェント規則第4条後段

[6] JBA選手エージェント規則第5条後段

[7] 所得税法上、「非居住者」に該当するためには、日本国内に生活の本拠を有さず、かつ1年以内居所を日本国内に有さないことが必要です(所得税法第2条第1項第3号、第5号、No.2875 居住者と非居住者の区分|国税庁 (nta.go.jp))。

[8] FIFAが国際規模の代理人制度を導入したのは、1996年のことである。FIFAライセンス制度の変遷については、馬淵雄紀「プロスポーツにおける代理人規制―規制原理とアジア各国への示唆―」スポーツ法学会年報17号174頁以下が詳しい。

[9] FIBA代理人規則313. 及びNBA代理人規則SECTION3 A規約第3条

[10] https://www.fifa.com/legal/media-releases/fifa-and-football-stakeholders-recommend-cap-on-agents-commissions-and-limit-on-

[11] BBC(https://www.bbc.com/sport/football/54834219)及びこれを受けたSOCCERKING(https://www.soccer-king.jp/news/world/world_other/20201106/1138608.html, https://www.excite.co.jp/news/article/Soccerking_1138608/?p=2 )の報道等。

[12] http://www.avvocatisport.it/Slide_11dicembre2020.pdf

[13] FIBA代理人規則 305.

[14] NBPAは、連邦労働関係法(National LaBor Relations Act)第9条の「団体交渉の目的のために適切な単位の従業員の過半数によって指定または選択された代表者は、賃金率、賃金、雇用時間、またはその他の雇用条件に関する団体交渉の目的のために、当該単位の全従業員の独占的代表となる。」という規定に基づき、全NBAプレーヤーの代表として、全加盟チームの代表者たるNBAとの間で締結している団体協約により、上記選手会規則の規則を制定している。

[15] NBA代理人規則 SECTION2 A規約

[16] 仲介人に関する規則第4条

[17] NBA代理人規則SECTION3 A規約第6項

[18] 仲介人に関する規則第9条

[19] NBA代理人規則SECTION4

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